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ブログを移動します

2014/11/21 Fri 11:11

長らくお世話になったこのブログは、お引越しします。

新しいブログ
http://datec.wpblog.jp/

記事は更新されませんが、このまま残しておきます。
過去記事でお楽しみくださいネ!

移動に伴いこちらのコメント機能もなくしました。
何かありましたら、しげ部HPのお問合わせよりご連絡下さいませ。
よろしくお願いします。
問合せ先
http://shigebu.minibird.jp/kacchu-info.html
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未分類

本を読みました

2014/08/25 Mon 12:54

最近読んだ本を紹介


「本能寺の変431年目の真実」明智憲三郎著 文芸社文庫
RIMG4771.jpg


話題になった時から気になっていたのですが、
図書館で借りればいいやと思い、予約をしたら長蛇の列で、
待つこと半年、忘れた頃に順番が回ってまいりました。

さてさて。
この本は今までの定説を覆す新説と言うふれこみです。

実は本能寺の変の定説をあまり知らないし、
信長の話もなんとなく知っているがちゃんと見たことがないので、研究本としてはこれが初めて読む本です。


感想は、
超面白い小説、です。


真実はこの本の通りであったとしても構いません。
手紙や資料など推測すると、事実がたくさん含まれているのでしょう。



一番気になったのが、本の冒頭で今までの定説を否定するにあたり、
「思い込みの前提条件から答えを先に作って、それに合いそうな証拠を探すというのは本末転倒」
と書いてあり、なるほど、そうだよねえ、と、痛く感心していたのですが、
この後の本筋の展開は、すでに答えありきでどんどんそれに合う資料の紹介と推理が広がっていきます。

あれ?答えありきじゃん。

と、突っ込んでしまいました。

しかも、「信長」は、こういう人物だった、
「光秀」はああいう人物だった、
から、「定説で言われるようなことはするはずがない」

と、バッサリ切り落として、キャラが立っているのは結構だがキャラにそって話が進むのは漫画の世界だよう、と思いました。


しかしながら、歴史を調べるときに大事な考え方をとてもわかりやすく語っており、実に勉強になります。

事実を突き止めようとする主人公(著者)の熱い物語としてかなり面白いです。
ダビンチコードみたいなもんでしょか。

見たことないけど。






「謎解き 東北の関ヶ原」上杉景勝と伊達政宗 渡邊大門著 光文社新書
RIMG4772.jpg

こっちはタイトルにほだされて買ってみました。
が、政宗はほぼ触れられていません。

景勝と兼続の話で、「直江状」「小山評定」はあったのか
という話です。
この本は、いろんな研究から、こんな話もあるよ、あんな話もあるから、実際はどうなんだろう。
的に展開していき、先に紹介した、著者の熱い持論がありません。
いえ、結論は出しているんですが、あの本能寺の熱い語りを見てしまうと薄く感じてしまうのです。

ただ、現時点での上杉景勝歴史研究を把握するにはお手軽でわかりやすいと思います。






「女子のためのお江戸案内」堀江宏樹 廣済堂出版
RIMG4770.jpg

こちらは柔らか歴史雑学本です。語り口を現代に置き換えたわかりやすい江戸の女性の生活事情です。
さらに面白いのは、著者です。

ぜひ、この著者、堀江さんの語りっぷりを堪能ください。
この動画お勧めです!





部長的には、例え誰かに叩かれようが、熱い持論を破綻なく展開する話のほうが面白いです。
歴史の醍醐味は妄想です。

妄想するには現存する資料が必須なわけです。

これからも部長の妄想歴史話があると思います。


信じるか信じないかはあなた次第!
これ実に便利な言葉ですね。
未分類
北海道で、仙台の方と待ち合わせをして、なんと、これを借りてしまいました!

これ!!

RIMG4611.jpg


先日仙台で開催された1日政宗まつり(本当は違うタイトルです)の資料です。

内容は当日のトークテーマのさわりです。
うーーーむ!

それぞれ実に面白い。


会場にいたらもっと面白かったのでしょう。
行ってないんです。



その中で、慶長使節団は地震復興事業であるという考えがいっとき広がったことを否定していました。

うん違うと思います。


そう答える根拠を、偶然ですが、部長はゲットしたのです。
いえ、資料が出たとかそういう話ではありません。感覚だけの話です。
慶長地震友政宗とも全く関係ない火山の話です。





北海道洞爺湖近辺に昭和新山という火山があり、麓には「三松記念館」という小さい展示室があります。

特に見たいものもないけれど、昭和新山に思い入れがチョットある両親と行ったついでに寄ってきました。


すごーーーく昔、父の社員旅行に便乗して家族で行った昭和新山。
残っている写真は禿山で、煙がモクモクしているところも人がいる。

いまはすっかり、木で覆われて、煙の出る剥げた部分には立ち入りも出来ない、麓は整備された公園になっている。
昭和新山3

荒々しさがない、と父は言う。


さて、その昭和新山を観察し続けた男がいました。写真の銅像の男です。


名の通り昭和新山とは昭和18年、
突然何もないただの畑だった平地からムクムクと隆起し爆発して生まれた火山なのです。

そんな昭和新山の誕生から成長記録をたった一人で続けて一生を研究に費やした三松正夫という郵便局員。
彼の残した資料を展示している、史料館があるというので、入ってみた。
想像通り、失礼ながら地方の廃れた観光地にありがちなパネル展示史料館。

それでも、むくむくと大地が山になるさまを戦時中で写真が撮れないから絵に描いたり、噴火の瞬間を色彩で描いたりとなかなか面白い。

中でも、大地から爆発とともにイナズマも光る絵の解説には
「当時は娯楽もなく、爆発は見物するにはもってこいで、寝ている子どもたちをたたき起こしてまで、みんなで見学していた」
といったような記述があり、びっくらしたのです。

そうか、避難じゃなくて、花火見物みたいなもんか!


だいたい、昔の戦だって見物の対象です。


ワンフロア、けして広くない史料館を見終わって
館長さんのつけている名札が「三松」さんと気が付き
ふと、血縁の方ですかと伺うと養子だという。

跡継ぎがいなかったところ、チョット火山に興味をもったのが運の尽き(本人談)、養子となって義父の研究を見ていてようやく、三松正夫という人物が言い続けた
「火山とは恐れるものではなく、素晴らしいものなのだ」
という言葉が理解出来た、と語ってくれた。



なんと、そうなのです。
「火山とは恐れるものではなく、素晴らしいものなのだ」

その一言に、すごく衝撃を受けました。


ニュース映像で流れる火山は家を押しつぶし犠牲者も出し、とても恐ろしいものだから、近寄ってはいけない、人工物で食い止めねばならない、忌み嫌うべき存在という価値観があります。

ところが実際、日本の至る所、火山の直ぐ側に普通に人が暮らし、ホテルがあって温泉に浸かってハハのんきだね~と、堪能しているのです。

よく考えたら地震だって倒壊する建物や人工物があるからキケンなのであり、怖いものではないのだ。

今の考えは、作ったものに対して壊れないことを前提として暮らしているから壊れた時にはショックだし、ダメージが大きく被害も広がるから怖くて怖くて仕方がないのだ。実際怖い以外の何物でもないです。


本来、ものは
壊れるのだ。

あっさり壊れる建物のほうが倒れた時にもダメージはない。
すぐ作れるから。


そして話は政宗まつりに戻って慶長使節の資料を読むと、当時は「復旧」が課題であり「復興」という概念はない。
近年以降災害に対する脆弱性が著しく増大した事に注意、とあります。

人は死ぬのは普通であり特別なこと(復興)として地震のショックから立ち直るために夢や希望を詰め込んでヨーロッパへ派遣する船を作るといった気風は当時はなかったであろうと、感覚的に想像できたのです。
地震を馬鹿にしているのではありません。なくなった方々に軽い感情を抱いているわけでもありません。

ただ、
火山にしても被害はあれど恩恵もある。
自然というのはそういうことだ。
そんな受け入れる気風があったと感じたのです。


昭和新山1

かつて爆発を繰り返しながら岩山を作った昭和新山も、今は表面も冷えつつあり、やがてこのまま山頂まで木々で覆われ、普通の山になるだろうと館長さん。


火を噴く大地を愛おしむ気持ちをもっと広くみんなが持ってもいいなと思ったのです。
三松記念館に行ってよかった。館長さんに話を聞けてよかった。
すっかり三松さんに興味津々です。

特に部長は温泉好きですから。

温泉暖簾




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どーよの鰻

2014/07/29 Tue 14:20

本日7月29日は土用の丑の日で何故かうなぎを食べる日です。
平賀源内がうなぎを売るキャッチコピーとして作ったのだとかなんだとか。

クリスマスには鳥、
バレンタインにはチョコレート
節分には恵方巻き
誕生日にはケーキ

定着してしまえば、理由などどうでもなんとなく、食べちゃいますからね。


さて。
うなぎを食べる歴史は古いようです。
縄文時代からあったといいます。

そこで当然気になるのが、そしたら政宗たちもうなぎを食べていたのか、ということですね。

天然うなぎは今は西日本よりも南側に分布しているような印象で、じゃあ、東北にうなぎはいないのかといえば、瑞巌寺にはうなぎ塚があります。
なんでも大正12年に松島湾で採れたうなぎを供養するため、だそうです。
少なくとも大正時代にはうなぎはいたようです。

あと、宮城県川崎町の民話に残る「大ウナギとかに」の話があります。
もうひとつネットで拾ったものですが、
娘がウナギを食べるとウナギを産む、という言い伝えも宮城県黒川郡粕川石原地区にあると。
ここは松島の上流です。このへんにいっぱいうなぎがいたんでしょうね。

娘がうなぎ~は、夜の話と絡んでいるのかしら。


などと考えつつ、
東北にもうなぎが生息していたなら、政宗たちもうなぎは食べていたような気がします。

うなぎの歴史を簡単に紹介したページ
http://majin.myhome.cx/pot-au-feu/dataroom/dish/japan/history_of_eel/history_of_eel.html
美味しかったからたべるというより、どちらかというと滋養の効果があるから食べていた、ってイメージです。

が、どうなんでしょうか。
うなぎ、食べていたの?美味しいの?どーよ!
おしえて!政宗料理研究家!

うなぎと政宗

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すいません、またしても歴史とは無関係な記事ですが、
お困りの方がいるんじゃあなかろうかと、記録を残しておきます。


しげ部ではホームページも自分で1から作って管理しています。
これですね。
自作甲冑クラブしげ部


そして前回の記事でお伝えしたとおり、しげ部はもうひとつの世界を持っています。
それが人形作家というものです。
ホームページはこちら!
たかせひとみ人形博物館


どちらもホームページ制作ソフト、ドリームウィーバーCS4を使ってますが、
なぜかYouTubeの動画の埋め込みが出来ない。

ぐぐっても、
同じことしか書いていない。
そう、
埋込したいYouTubeのページにある「共有」をクリック、
「埋め込みコード」をクリック、
そして出てきた<iframe width="640" height="480" src="//www.youtube-nocookie.coうんぬんの文字をコピペで貼り付けるだけなんです。

hozonn1.jpg


ブログは出来ます。
ほーら、貼り付けられますね!
良かったらついでに動画も見てくださいね。(ステマ)



ブログは出来る。
しかし、何故かドリームウィーバーCS4では出来ない。

なぜだ、なぜなんだ!!


そして出来ました。


それはアドレスに注目!
hozon2.jpg

そうです。

ど頭にhttpがないのです。
そこで記述にhttpを足してみました。
キャプチャ1


無事、ネット上で表示され動きました!


一体どういう仕様なのかは不明ですが、どうしても出来ない方、お試しください。
他の事やバージョン違いなどは、全くわかりませんので、質問はご容赦くださいね。
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