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信長に贈った馬「浪かけ」

2014/09/15 Mon 14:11

輝宗が信長とよしみを通じるため、鷹や馬を贈ったという話があります。

その記述が、前回紹介した「家忠日記」に出ていました。


天正10年5月22日
奥州たて所より、上様御馬進上候、たけ十キ八分之由候、浪かけとて、海よりアカリ候由候


海から上がってきたから「浪かけ」という名前になった、とありますが、船で運ばれてきたのかしら??

馬の体高(地面から首の付根まで)は「十キ八分」、
これは
十キ=10寸=1尺、
「十キ八分」とは、1尺8分で、約33cmとなってしまう。
馬の体高は4尺までは数えないという決まり事があるので、
4尺+1尺8分で、約153cm。
※計算方法はこちらのブログより
http://blogs.yahoo.co.jp/nihonzairaiba08/9593244.html



当時の平均は大体130㎝、
でかい馬と称されるのが145㎝、
それよりもはるかにでかい馬を輝宗は贈ったのです。

そりゃあ、日記にも書きたくなります。
浪かけ輝宗

ところで、馬の事が書かれているのは天正10年5月22日です。
その直後に本能寺の変です。

浪かけはその後、どうしたんでしょうね・・・・。


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輝宗

伊達輝宗日記

2012/06/15 Fri 19:19

伊達輝宗直筆の日記が仙台博物館にあるそうです。

仙台までは行けないので、
今回は初めて国会図書館へ行って来ました。
なんでもあるという、夢の図書館、国会図書館。

場所は永田町です。
警官がたくさんいる街、永田町。
下世話な飲み屋が見当たらない町、永田町。


さて。
永田町で検索して出てきたのは
本文そのものではなく、
研究の下りでした。
「東北中世史の研究下巻」の中の
「伊達輝宗日記」の基礎的研究 / 金子拓 著

に載っていました。



それによると、

「天正弐年御日日記」という、
タイトルのまんま、天正2年の1年間だけ綴った日記です。

正確には2月から始まり、12月27日で終わっていて
それ以降は書かれていない日記です。

その間は2日ほど書いてない日があるだけで、毎日、日付と天気だけは書かれていて
それも、マメにあとから線で消して訂正しているというから
おもしろいです。

例えばこんな。

「8月2日、天き上々」→「8月2日、ひるより雨」

「9月21日、天きよし、くもる、あつし、ふろへ入候」→
「9月21日、天きよし、くもる、あつし、ふろへ入候」


暑いと思ってたけど、風呂に入ってさっぱりしたら、そうでもないんじゃね?
と思って訂正したのかな、輝宗様。

なんだか人間臭くて一層好きになりました。


それにしても思ったより、
所蔵がなかった国会図書館。

読んでみたい伊達成実著は、全て福島県立図書館です。
政宗関連も
福島県立図書館にいっぱいあるっぽいです。

さすが伊達の本拠地、福島だ!

成実の生まれた福島、いいよ、いいよ!



どこかのデジタルデータベースで、天正弐年御日日記読めないのかなあ・・・。

輝宗日記

追記
kieさんのコメントご覧ください。
読めます!ありがとうございます。
輝宗
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