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京都で格式を見た!

2014/10/01 Wed 00:32

伊達家を追っていると、東北中心の、今は何も残っていない(せいぜい立て棒)陣跡めぐりなどがメインとなるわけですが、それは仕方のないことです。

なにせ、ウワモノが残っていない。
ほんのり土塁がある程度です。

福島城土塁
福島城の土塁

それでも書物やドラマ、博物館の展示品などで全体を想像してみるのですがなかなか難しいです。

そして京都へ行ってきました。
空襲も避けた京都です。
かなりな数の建築物が残っています。

政宗時代とかぶる建物、まずは二条城へ行きました。
二の丸御殿へとお邪魔します。
二条城2

二条城1


でかい!
とにかくでかい!
写真じゃあこの大きさが全く伝わらないですが、屋根が高いのです。
平屋のくせにとんでもない高さです。


さらに中に入ると、いきなりタイムスリップです!!!
広々廊下をうねうねと曲がり、左手には100畳くらいの部屋が。
今は保存のため、襖絵は外されているかレプリカですが、やたらと豪華です。

そして将軍様などの上段の間。
権威をわかりやすくあらわす構造。

撮影禁止なのでパンフレットの写真を・・・。
二条城3

詳細は書物などでご確認あれ。



おそらく政宗の築いた仙台城の大広間もイメージとしては近いと思われます。
写真で見るのと、実物の空間にいるのとでは、雲泥の差です。

悔しいかな、こんなきらびやかな空間に最上級の着物をお召の上様がいれば、ひれ伏さざるを得ません。
理屈じゃあ無いのです。

そして、西本願寺の書院にも行ってきました。
17世紀の姿のままです。
豪華な襖絵や天井、そしてここにも上段の間。

坊さん世界の階級もまた、格式の違いをみせつける仕組みです。


天井を見上げすぎて首が痛くなりました。

そして聚楽第から移築したと言われている飛雲閣。
こちらも撮影禁止なのでパンフの写真を・・・。

飛雲閣

これがまた粋な建物で、秀吉ったら、キラキラだけのセンスじゃあないのね、と、憎らしくなります。
が、秀吉とは無関係かもしれません。
今のところ、聚楽第の建築物と言われているに過ぎません。

非公開部分ですが、実は誰でも見物できるので、ぜひ、申し込んでください!
見学の1日前までに西本願寺に電話して、「書院や飛雲閣を見学したい」と言えば大丈夫です。定員制なので土日は早めの予約を!


かつての平泉がどのくらいきらびやかだったのか、想像ができませんが、
政宗の米沢時代の建物はどうだったんでしょう。
それなりに格式のある作りであったとは思いますが、
あのド派手な京都を見てしまっては、田舎のイメージしかありません。

その辺りの対比が「独眼竜政宗」ではよく描かれています。
米沢城は全体が黒っぽい木で、襖も木。欄間も透かし彫りなどありませんし、床の間も巻物は飾ってあれど、金箔などは貼っていません。着ているものも麻の地味な素襖です。
そして不意に出てくる秀吉のキンキンキラキラな衣装と金箔張りの襖の部屋。
地方の大名と天下人の暮らしぶりの、ものすごいコントラストです。

そして実際に着用してみた三位以上の身分が着るという束帯。
政宗の肖像画にもある束帯。
部長も真似てみた束帯姿。
政宗公束帯姿


無駄としか言いようのない大量の布を使用しています。
全ては格式です。

着心地とか、そういうことではないようです。



伊達ファンとして現地巡りをする際には、年代順に追っていくことをおすすめします。
米沢、福島、相馬辺りをぐるぐるとくまなくめぐり、会津若松へ。
そして京都、大阪、江戸、最後に仙台です。

福島宮城の城跡などをさんざん見た後に大阪城へ行ったらあまりの巨大さに腰を抜かしました。
政宗の気持ちがよくわかります。


ローマへ渡った支倉常長は、更にコシを抜かしたことでしょう・・・・・。


ローマ
20年くらい前のぶちょー in Roma。
あんまし考えてないからたいして感動もしていないという・・・・。

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旅行記

ベルサイユな赤坂

2014/09/07 Sun 02:15

ちょっと前ですが、行ってきました、赤坂へ。


年に1度、夏に一般公開される赤坂迎賓館。
国賓を招く迎賓館。
入場するには事前の申込が必要で、5~6月ころに募集しています。
内閣府のページをどうぞ!
http://www8.cao.go.jp/geihinkan/akasaka/akasaka.html


そして、忘れた頃に「来てもいいですよ」、と、迎賓館からはがきが来ました。

うおう!
行くいく!


というわけで、普段は門の隙間からしか見ることの出来ない庭園と、お屋敷の内部へ潜入してまいりました。

赤坂迎賓館6

どやあああ・・・・・


広いです。
屋敷の内部は撮影禁止ゆえ、無いです。

入ってすぐに藤田嗣治の絵がありました。
こんなところでお目にかかれるとは!

大好きなんです、藤田嗣治。いっとき追っかけをして、フランスまで飛んでいきました。

廊下は白一色で、一見簡素なイメージですが、隅々まで行き届いたディテールとおフランスから取り寄せた建材は重厚です。部屋にはいるとベルサイユ宮殿風です。
家具もシャンデリアもおフランス製、じゅうたんは日本製、いろいろです。

天井画もあって、ずっと見つめていると首が痛いです。

赤坂迎賓館2

赤坂迎賓館

赤坂迎賓館4

こんな感じで、漫画のような装飾なのです。
いや、漫画が模したんですが。

お噴水。
赤坂迎賓館7
お松が生えています。
お和風です。

赤坂迎賓館5
水を浴びてハイテンションになっている子供に見えますが、おそらく違います。


赤坂迎賓館は、もともと紀州徳川家の江戸中屋敷でした。
広い。広いです。

江戸時代のトップ大名の屋敷というのは、想像を超える広さです。
迷子になります。
その広い屋敷を管理し、掃除するのかと思うと、げっそりします。

6畳と4畳半でさて管理が行き届いていないというのに・・・。


いつかタイムスリップしたら、伊達政宗の上屋敷へ行こうと決めています。
行ったらちょうど火事で焼けてなんにもない時だったりして・・・。


旅行記

政宗の湯~箱根編~

2014/06/15 Sun 21:38

久しぶりに政宗の足あとです!

今回訪れたのは神奈川県は箱根。
そうです、政宗が秀吉から呼び出しを食らって小田原を目指したところ、
小田原の手前、箱根は底倉というところで、待機を命ぜられました。


一般的には、底倉で蟄居、となっています。
蟄居とは、ウィキペディアによれば
中世から近世(特に江戸時代)武士または公家に対して科せられた刑罰のひとつで、閉門の上、自宅の一室に謹慎させるもの。
だそうです。

底倉はもちろん政宗の自宅ではないし、昔から建っている屋敷を滞在のために数日与えられたとすれば、超絶待遇いいし、おそらく戦争のための仮小屋じゃないかと思うんですが違うのかなあ。

蟄居ではなく、なんといっても温泉場だし、「よく来られた」という、歓迎の意であると説く人もいるので、逗留していた建物がどうだったかで、秀吉が怒っていたのか、歓迎していたのかわかるような気がします。


さてさて、そんな底倉です。
底倉政宗蟄居

ここに、怒っていたのか、歓迎していたのかわからない太閤が、入ったと言われている岩風呂があります。
太閤石風呂1
渓流沿いの遊歩道に、

太閤石風呂2
岩風呂を見られるポイントあり。


太閤石風呂4
今は入れません。近くまで行くことも叶いません。
ホントに不便そうなところです。

少なくとも今は道もないですが、昔はあったんでしょうね。
それにしても、小田原と箱根の底倉は結構離れてます。
わざわざ底倉まで登って来なくても、麓の箱根町にいくらでも温泉は湧いてると思うんですが、
なんで底倉。

それもまた、戦いにおける陣の取り方に寄るものかしら??

ちなみに、底倉温泉のお湯は「痔」に効くそうです。
秀吉は痔だったということでしょうか。
秀吉の温泉といえば有馬温泉が有名ですが、ここは日本でも数少ない含鉄泉で、
含鉄泉は痔に効果があるんだそうです。

宮城の鳴子温泉も含鉄泉です。
痔は政宗の方かしら。
武将はたいがい痔なのかしら。



現地へ行くと色々と疑問が温泉のごとく湧き出てきます。
そして解決しません。






太閤の湯を眺めるための、やすらぎのベンチ。
太閤石風呂3

さすが、秀吉。ビックネームゆえ、ベンチは3つも完備しています。
これなら、観光客がどっと押し寄せても、くつろげますね!






さてはて。


そんな太閤の湯に近い底倉温泉のつたやさんで、政宗も浸かったであろう同じ湯を浴びてきました。

底倉温泉政宗の湯2

暖簾をくぐれば、温泉。
底倉温泉政宗の湯1

貸し切りです!
今日も貸し切りでしたよ!

貸し切り温泉部長と呼んで下さい!


そして、前回撮りそこねた、小田原駅の北条早雲の銅像!

北条早雲銅像1
背景の緑に紛れてわけがわかりません!


北条早雲銅像2
アップ。


うむ!
底倉にも早々に政宗の銅像が建つといいと思うよ!
旅行記

銅像をどうぞぅ

2014/05/27 Tue 23:14

使い込まれたオヤジギャグと、長年風雪にさらされる銅像は似ています。

そうか?



似ているとします。


あちこち回っているうちに銅像の写真もだいぶたまったので、一気に紹介してみましょう。


問答無用、青葉城址の伊達政宗!
伊達政宗銅像3

伊達政宗銅像4

伊達政宗銅像5

仙台市内の伊達政宗!
伊達政宗銅像6

白石市の片倉小十郎
銅像3


小十郎の息子の義父、真田幸村
銅像
安居神社

銅像2
三光神社

泉岳寺の大石内蔵助
銅像4

甲府駅前信玄公!
銅像5

銅像6

米沢城址の上杉謙信!
銅像8

同じく米沢城址の上杉景勝と愛の人
銅像7

青根温泉の政宗
伊達政宗銅像9

仙台博物館の政宗
伊達政宗銅像8

伊達政宗銅像7

政宗の叔父さま・山形城の最上義明
最上義光銅像3

最上義光銅像1

喜多院の天海さま
銅像1

岩出山城址の伊達政宗!
伊達政宗銅像1

伊達政宗銅像2



あれ、結局ほぼ、政宗です。

あ、いますいます、
上野公園小松宮彰仁親王銅像
銅像9


小田原とか皇居とか行っているけど、銅像に出会ってないぞう!
旅行記

山形!その2

2014/05/27 Tue 15:31

山形市内の路地を堪能。
飲み屋街1

飲み屋街2

こういう場所では猫がよく似合いますね。
猫の写真、ないけど。


そして温泉へ・・・。


温泉部長が今回チョイスしたのは山形市から電車で70分、終点新庄からさらにバスで60分の「肘折温泉」。

新庄駅がものすごく立派だったので驚いたら、立派なのは駅だけでした。
新幹線開通バブルと思われます。
新庄駅2

新庄駅1
駅舎の向かいは車の全く走っていない風景。
全て潰れたお店のビル群。

新庄駅3

電車移動の部長が旅先でよく見る光景です。
駅前は廃墟。
チョット行ったところに少し市街地がある。

こういうところに人を呼び戻すには立派な駅舎ではなく、「地元の意地」しか、ないのです。
たとえイオンが建っても家賃が高すぎて地元の商店は入れない。チェーン店でうめつくされ、客足が伸びずに半年たたずに空き店舗が増えていく。

今の状況はこれの繰り返しな気がします。


話がそれました。

肘折温泉です。
古くからの湯治場で、また、ここは「月山」への登山口の一つとして昔から栄えていたそうです。
ただ、ここからの登山道が一番急で険しいのだとか。
「月山」といえば、有名な霊山で修験者が多く訪れるところ。
そして「湯殿山神社」もあります。

そうです、しげ部をご存じの方はみんなご存知、
あの湯殿山神社です!


話がそれました。

宿泊したのは肘折温泉の「松屋」さん。
古い旅館です。部屋は清潔ですが、かなり傷んでところどころさみしいです。
が、きらいじゃないのです。部長的に、好物なのです。
キラキラした施設がお好きな方には絶対来てほしくないところです。


なにゆえ、ここかと申せば、いぜん温泉を調べていたら「手掘り洞窟温泉」
という、摩訶不思議な単語に惹かれ、気になって気になって仕方のなかった場所なのです。

そんなに気になるならば、行くしかありません。


入りました、洞窟風呂。
肘折温泉松屋2

肘折温泉松屋3

温泉への入り口は想像以上の狭さです。手掘りの人口洞窟です。
立って歩けません。ポトンポトンと水もたれています。
太った方は入れないかもしれません。

肘折温泉松屋4

30メートルも歩いたところで、湯船にでます。
小さな湯船ですが、これはいい!

肘折温泉松屋

ははのんきだね~♪



というわけにも参りません。
貸し切りは時間制で、人気どころゆえ次の方も待っています。

でも面白かった。
堪能したし、おおいに気が済みました。
人生とはこういうことが大事なのです。


さて、翌日は今度の夏に酒田市で行われる親子甲冑教室の講師として有難いことにお呼びがかかり、これは一度合わねばなるまいとご挨拶に伺いました。

酒田市は広く、訪れた場所は松山藩の城下町、大変しっとりとした場所で、地元の方による松山能が年に3回奉納舞をおこなわれる場所です。
現在、松山の酒田市松山文化伝承館では甲冑展が開催中!
思った以上に甲冑がずら~~~り!
部長好みの雪の下胴ですよ!!
松山文化伝承館
出羽松山の武具甲冑展

詳細はまたいずれ、甲冑教室の内容も決まった頃にお知らせします。

帰りは一気に庄内空港から飛行機で1時間。
飛行場から家まで1時間チョット。


RIMG4038.jpg

空を飛ぶと、早いですね。


旅行記
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