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藩祖伊達政宗公顕彰会

2011/10/29 Sat 10:17

本は、紙で寝っ転がりながらペラペラ読みたい方ですが、
データベースになるのは非常にありがたいです。

伊達政宗卿伝記史料  著者:藩祖伊達政宗公顕彰会

政宗の出来事を、年代を追いながら、
いろんな資料(成実記とか、伊達家文書、政宗君治家記録引登記等)、から引用しているもの。


例によって読み下したわけではなく、
こんなん、ありますという自分用のメモに。


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政宗の歴史

初・仙台へ・・・。

2011/10/28 Fri 23:00

石を投げると伊達政宗にあたると噂の
仙台へ行きます。

初、仙台です。
ドキドキします。

米沢に行ったにもかかわらず、政宗生誕の地、米沢城にいかなかった部長です。
行かずに、館山城の、違う尾根を眺めていました。

天邪鬼なのです。

天邪鬼がストレートに
仙台に行きます、となると、
非常に照れくさいのです。

恥ずかしくて、下ばかり向いてしまうかもしれません。



しかしその前に亘理も行きます。
亘理神社に行きそびれていた大失態を
取り戻します。


戻す予定です。

予定は未定です。

・・・・・。



では。


旅行記

明治大学博物館

2011/10/26 Wed 19:13

行っときました。

思いついたときにいかないと、
また、延々10年くらいいかなさそうなので、
行きました。


明治大学博物館です。


の、刑事部門です。


思ったより展示物は少なく
しかもちょうど、テレビのロケの最中で
なかなか終わりそうにないので
一部見ないで帰って来ました。


写真はフラッシュを焚かなければ、OKとのこと。
思わぬ武将関連グッズがありましたので
ご紹介を。

長宗我部氏掟書
長曾我部法度
「土佐の戦国大名、長宗我部氏の家法。武士だけでなく、庶民も法の対象とした。喧嘩両成敗法も見られる」


甲州法度之次第
武田家ご法度
「甲斐国の戦国大名、武田信玄が制定。26条。今川仮名目録から12条を受け継ぎ、喧嘩両成敗法も見られる」

上記2点はレプリカですが、いつの時代のものでしょうか。
年代は書いてなかったです。


部長が気になったのは
浮世絵などによく出てくる、罪人の首を晒す台です。

首置き場


首が落っこちないように、ちゃんと2本の棘があって
なるほど・・・。
と、感心したのでした。




撮影班

ロケハン。
最近のロケは人数も減った感じがします。(番組とゲストによるのでしょうが)





パリに警察博物館というものがあります。
そっけないビルの警察署のなかに博物館があって、
確か無料だった気がします。

フランス語はわからないし、
フランスの犯罪歴も知らないのですが、
フランス革命時の署名などがあって
秀吉に仕える半兵衛のような
ジャコバン党の参謀サン・ジュスト(美青年)のサインとかありました。


急に思い出したので、ついでに書いておきました。
歴女なら必ず通る(?)フランス革命・・・。
その革命時につ使われていたギロチンレプリカも、明治大学にありました。

おふら~んすではギロチンによる死刑執行は1981年まで正式に行われていました・・・。
博物館

よし、仙台行こう

2011/10/25 Tue 14:31

大阪、関ヶ原に行って
ものたりぬ思いが
どっさりです。

大阪城とか幸村の最後の地とか真田丸とか。
行ったんですが、やはり伊達ほどたぎりません。


やはり、ここは

仙台へ行こう。


いや、仙台はついでです。

丸森へ行こう!



ぼんちゃんとしげちゃんの初陣の地をめぐろう・・・!



すなわち、山歩きです。


来週1,2,3日のどこかで仙台もしくは近辺の温泉で1泊しようかな。



時間と元気のある方、ご一緒しませんか?
タクシー代浮かせようという、魂胆です。

部長
未分類

伊達成実、朝鮮で氷を食す

2011/10/25 Tue 01:25

しげ部なので、久々に
成実の史実を。


先日の図書館で適当に漁っていた
本の中にあった記述です。

大まかこんな内容です。



~しげちゃんも、政宗らと共に秀吉の命によって
朝鮮へ渡ります。

加藤清正、他、諸大名と城を攻めるのですが
なかなか落城しません。


相当の死者を出して、城は落ちます。
本丸に押し入ったところ、中に氷蔵があり、
暑かった(旧暦七月)ので、皆喜んで食った~。



とありました。



ソースは本人の書き残した
「伊達日記」です。


イチゴシロップ持ってって、かき氷にすればよかったのにね、
と、
言いたいところですが、
日記のそれに当たる部分を読むと
戦争の描写が短いながらリアルで

・・・・・。

成実
白石市史 4 史料篇の片倉代々記より。


慶長7年
7月
28日

京都におゐて金吾中納言殿重綱容色の実なるを御覧せられ、
御恋慕あり
公へ仰入らる、因て 
公より佐々善右衛門御使者にて中納言殿へ早々参へきよし御催促の虜に、
重綱不聴之、出奔して書道庵へ行て君命に随て中納言殿へきよし戒むるといへとも、
重綱敢て聞す、又東福寺へ駈入る
公より又湯村信濃を以重綱に御書を賜ふ、如左

善右衛門を以うことハリ候之事、其身かつてんなきも一たんよきなく候へとも、
是非々々と承事候間、たとへせんまんの存分候とも、
唯一夕の事ニ候間、身のいけんしたひに仕候へく候、
色々身の心中かたらい候ましく候、
そこから申事是非々々今夕京へ参り候へく候、かしこ
 かへすかえす中殿さまさま被仰候間、一夕斗も御意にしたかひ候へく候
 ハリなき事ニ候へとも、しうめい(主命)にハをや(親)のくひ(首)をさへきるといふ事の候、
 よくよくふんへつ候へく候、かしこ

  七月廿八日
 小十郎様
                正宗





以上です。


で?



内容がいまいち理解できてない部長です。



どなたか、意訳を下さい!!

正宗から手紙をもらって、重綱はその後どうしたんでしょうか。
重綱は政宗の恋人だったはずですが、・・・。


ところで東京大学のデータベースにある片倉代々記とは、
どうやら内容が違うようです。
ってか、そっちは漢文でお手上げです。
片倉

政宗の手紙を愛でてみる。

2011/10/23 Sun 20:06

図書館へ行きました。

都立の、なんでもある図書館です。
国会図書館も、郵送で登録だけは済ませました。そのうち行ってみようと思います。

さて、都立図書館、
場所は、広尾です。


ハイソさえテーな、広尾です。リッチな欧米系がわんさかいる広尾です。


駅を降りたら妙に人がいっぱいです。
みんな伊達政宗の本を狩りに借りに行くのか??

と、びっくりしたけどちがいました。



有栖川公園でドイツ交友150周年イベントが行われてました。




なんだかブースがいっぱいで
ドイツのお姉さんが着物来てパンフ配ってましたが
今は、伊達です。


ドイツのソーセージより
ずんだ餅です(推定嫌いですが)



図書館まっしぐらです。
図書館は有栖川公園の突き当たりです。



お目当ての「伊達日記」は、
ありました。
はい、伊達成実の著書です。
長くないので全文
ちゃんとコピーしてきました。


そして本日
一番のお目当ては
政宗のお手紙総集編の「伊達政宗文書」(もんじょと読むと初めて知る)です。

あったのですが、
一切の解説なしの、手紙のみ、だったので(読めない、内容がわからない)
やめました。


代わりに「伊達政宗の研究」という素敵な本から、お手紙特集ページをコピーしてきました。

その中のタイトルが実にいいです。
「自筆文言と火中文言」

そうです、例の
「読んだら燃やしてね」と書いて、誰も燃やさなかった
政宗からの手紙のことです。


hp23.jpg





あげく、研究されちゃってます。


これによると、
天正時期(10代から20代なかば)の残っている直筆手紙171通中22通に
【燃やしてね】と、書いてあるそうです。

22通の内訳は、
「イマイチだから燃やしてね」の、言い訳型8通
「秘密文章だから、燃やせ」スパイ型7通
「こんなこと書いちゃったけど、恥ずかしいから燃やしてね」の、ツンデレ7通

です。
ツンデレ型には、衆道のお相手に送ったと思われる
ラブレター(?)も含まれてました。

わお♥



さて、一番面白く感じるのは、
成実と小十郎に、同じ内容の手紙を書いても
全く文面が違うところです。


機密性の高い戦に関する文章を送っておいて、
小十郎には「この文、忘れて、必ず燃やせ」
そして成実には
「体調が悪いからオレ、なんか変なこと書いちゃったから燃やしてね」
と、言っています。


うーむむ。

政宗の立てた作戦、成実にとっては、大した作戦に思ってくれなさそうだから
言い訳したのではと、
勘ぐってみました。



そして成実に対しては必ず漢文で書いています。
そして、小十郎には必ずかな文字で書いてあるのです。

解説では、成実は伊達家の重要人物であり、敬意を払っており、
小十郎には親しみを込めていたとありますが、
頭の中で、漢字が読めない小十郎の頭にうんこが乗っかている絵しか思い浮かびません。
いえ、もちろん部長の妄想です。
まじめにつっこまないように。

hp24.jpg



気がつけば長~い文章でした。

あ、ついでに
「片倉代々記」もコピーしてきました。

片倉小十郎ジュニアが小早川秀秋に言い寄られる話も
乗っていました。本文はまた!



伊達家の歴史
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