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萩をクレクレ大悲願寺

2012/09/30 Sun 12:11

政宗の白萩所望文書が残されている
東京はあきる野市にある大悲願寺へ行って来ました。


ローカル電を乗継ぎ、降りたのは「武蔵増戸」駅
単線です。
しかしさすがは東京、どんなにローカルでも1時間に3本も走っています。
夢の様なダイヤです。

そこからてくてく歩いて15分、途中彼岸花もお目見えです。
ものっすごい久しぶりに彼岸花を見ました。

大悲願寺4

暑いです。
先日までいきなり秋になったくせに、この日は真夏に逆戻りです。

ヌタヌタになる顔を拭きながら線路沿いを歩いていると
急に時代がかった兵が見えます。
ちがいます、塀が見えます。

大悲願寺5

部長のパソコンの漢字変換は、何かを察してくれています。


白萩がわんさか咲いていました。
が、ギリギリです。若干腐りかけています。

今年は例年にない育ちっぷりだそうで、あらゆる看板をかくして、
政宗看板もこの有り様です。

大悲願寺1
大悲願寺6クリックで拡大


大悲願寺3
参道も覆います。

川口浩のように分け入ります。
(相変わらず思考が古い部長であります)


お寺の内部には入れません。年に一度ご開帳があるそうですが
その時に政宗の文書も公開されるのかは謎です。話を聞いたのは、お抹茶を立ててくれる派遣の方でしたので。

大悲願寺2

赤い蛇の目の下、お抹茶とまんじゅうはデフォです。
友達2人で行ったのですが、なんとまんじゅうが1個しか残っていません。

1個を半分こです。
3人で行ったら3分こ、4人で行ったら大げんかです。
12時前で売り切れとは、今からスーパーへまんじゅう買いに走ったほうがいいですよ!
と、言ったもののそんじょそこらのまんじゅうではねえ、と、悲しそうな目をされました。

・・・・・・。

すいません。








この大悲願寺は政宗の弟が住職となっていた、と言う説があり、
政宗がわざわざここに立ち寄ったのも弟に会うためだという話しがあります。

その弟、秀雄と書いてしゅうゆう、は、小次郎なのではないか、
それは以前の記事で!
白萩所望文書 


ところで、10月20日21日に会津でこんなコスプレ祭りがあります。
戦幕フェスティバル 2012 in サムライシティ會津
http://www.senbaku.net/

史跡でコスプレ、なかなか貴重です。
歴史ファンもゲームファンも、甲冑着て遊びにGO!!

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旅行記

甲冑パンツ!??

2012/09/29 Sat 00:52

こちらを!

http://www.roomie.jp/2012/09/23353/


なんだこれ!
ちょっと気持良さそうじゃないですかああ。

包帯パンツ??
ゴムを使ってない??

佩楯の柄はまあ、わかるとして
なぜ甲冑パンツと言い切るのかは、謎ですが。




漢はフンドシよ!!(と、ごくせんのゴクミも言うとりましたっけ)

成実ふんどし


未分類

馬上少年過ぐ

2012/09/27 Thu 00:37

本日の図書館本
「馬上少年過ぐ」司馬遼太郎 1970年


むろん、小説です。
小説ですが、淡々と政宗の若いころの背景を書いた歴史解説書っぽいかんじです。


面白いのは、冒頭、政宗の詩に関する洞察部分で、
政宗は詩の材料に困らなかった、なぜなら常に材料は自分であった、と。
さらに、英雄の詩は後世の詩人がそれを悼んで書くが、政宗は政宗自身を照れもなく詠む、とあるところです。

うははははは!


なるほどその通りかもしれないです。

しかしこの物語の主人公は輝宗です。
違いますが、部長的には輝宗なのであります。

淡々と、のらりくらりと、腐りゆく伊達家の内部分裂を収め、ついには40歳で隠居をし、自分を消すことで伊達家の永続を図る姿が描かれています。
山岡荘八のドラマのようにビシイっと義姫を叱咤する輝宗様の姿はありません。
愚鈍とも捉えられそうです。



だがしかああし!

うおおおおおおおおおおう!
輝宗様かっこいいいいい!!!


いや、決してそんな話ではありませんよ?
100人読んだら、100通りの話を思い描く、それが物語であり、歴史なのです。


政宗の歴史

戦国自衛隊登場!

2012/09/24 Mon 00:09

サバイバルゲーム愛好家による、自作甲冑作品を送っていただきました。


披露!


自作甲胄12



ででん!
こ、これは・・・。



自作甲胄13


どぱぱぱぱぱぱぱ!



この曲が流れます。
http://youtu.be/trc1QFfHLmU


ららば~~~~~~~~~~~~~いいい♪
と、熱唱したくなるです。

・・・・・・・・・。



いや、すいません、制作されたご本人は戦国自衛隊1549をイメージされておられます。
が、部長、脳みそが古い構造なので・・・・・すみませぬ。



かっこいい着こなしです。
さすが、武器も凛々しく持ちなれております。

自作甲胄11


っていうか、すっごい楽しそうなんですが・・・。


自作甲冑製作キットのご感想は
「頂きましたマニュアルは分かり易く、また型紙は使い易く、ストレス無く完成に至る事が出来ました」そうです。
わーい!良かったです!
ありがとうございます。

裁縫部門ではちょっと苦戦したそうです。得手不得手あってこそ!人間だもの。

これから佩楯なども作る予定だそうです。


やはり、甲冑は戦う男によく映えます。


以前購入していただいた皆様も、勇姿をご披露くださいね!
また、仲間募集などの告知もありましたら、掲載いたします~~!
ウエブに掲載NGの方は、部長の老後の楽しみにします。


10月11月は武将祭が各地で数多く行われます。
部長調べの祭情報はこちら
http://shigebu.minibird.jp/busho-festa.html
他にもまだまだお祭りはあります!
ぼちぼち足していくので情報や写真もお待ちしています。

甲冑着てあそびにGO!!


子供甲冑も女性も大きなサイズも、作れます!
自作甲冑キットの内容、価格の詳細は
しげ部バナー
「自作甲冑クラブしげ部」で!

甲冑
もうすぐ白石市では鬼小十郎祭が開催されます。
毎年参加人数、観客がにょきにょき増えていく歴女祭の一つです。


仙台は政宗で食っていき、
白石は小十郎で食う道を見出しました。ビバ!!



そんな白石市で行われている、もう一つの武将系(?)の祭

ソレが5月に開催される
白石市民春祭りの中のプログラムのひとつ

「全国ストリート足軽選手権」なのであります。
(ここ、マツコと有吉の怒り新党の新日本3大〇〇口調で)

概要は18歳以上の男性による障害物競争なのだが、
これが





ゆるい!!!!!!!!




まず、スタートは殿(片倉小十郎)にケツを向けては無礼千万、
逆向きでスタートです!

ハードル、竹馬などのぬるい幾つかの障害を通り越し、
コースの序盤に早くも勝敗の99%を決定する最大の難関、足軽まんじゅうの早食いが待ち受けているのであります!

そして、遅い。

ものすごい遅いのであります。
競技の流れを全てぶった切って、ただ、もぐもぐとまんじゅうを食べる。


ひたすら食べる。

もし、決勝戦まで同じ競技が繰り広げられていたならば
決勝進出者はもう食いたくないはずであります。



「自分は何をしているのか・・・」
我を省みたらそこで足軽は終わりです。


涙をお茶で流し込み、
食べ終わったら即座に再びゆるい障害をクリアし、敵兵の首を打ち落とし
首を持ち帰って殿のもとへ跪きゴールするという、なんとも馬鹿馬鹿しくも愛おしい競技なのであります。






特に今年の雨の中の開催は、もう、逸品です。字幕つけて全国放送で流したいくらいです。






・・・・・・・・・・・誰もおらん。






というか、もう早食い競争でいいんじゃないかと思うのですが、
来年も開催を願ってやまない部長なのであります。
18歳以上の自由参加です。
全国のつわもの足軽男性諸君、参加を望む!


やはり早急に亘理もしげちゃんで食って行ける道を作らねば~~~~~~。
亘理町の皆様!
はらこ飯選手権はいかがですか!!
全国お祭り情報
山形県の武将といえば、
最上義光です。


戦国期に、生まれ育った居城山形城を守りぬいた英傑です。

政宗目線で語れば
政宗のお母さんのお兄さんです。弟という説もあります。


義光ファンも多いと思う中、彼の武将祭はないのか調べたところ、
ありました。


存在はしていました。


昭和30年代までは。





「義光祭」として、仮装行列などのイベントが行われていたそうですが、
当時の有力者が「こんなんじゃ観光客が来ない!」
といって、
「花笠まつり」を開催、後に「義光祭」は廃止の憂き目に。

そして目論見通り、「花笠まつり」は大成功をおさめ、今ではすっかり東北の一大イベントとして定着しています。





最上伯父さん・・・。


当時の写真がこちらに載っていました
http://blogs.yahoo.co.jp/mojofilter/38708013.html

当時を知る人々は花笠まつりの比ではないほど面白かった、とあります。
ま、他に娯楽がなかった思い出として受け止めても
なくなったのはもったいないです。

「義光祭」復活してほしいものです。


義光祭


ちょっとずつ、全国の武将系をサイトにまとめています。
http://shigebu.minibird.jp/busho-festa.html
知られざる情報や使っていいよ、と言う写真をお持ちでしたら
問い合わせよりお知らせ下さい。お待ちしております。
歴史

江戸城の謎

2012/09/16 Sun 22:54

さて。

行って来ました、江戸博物館で今週末まで開催の「二条城展」

二条城展



二条城とは、見てそのまんま、お城です。
そして日本に3箇所しかない本丸御殿の最高峰です。

そういった情報は漠然とあるくせに
しかし、脳みその中では「二条城」とは、京都にある御所の一部、と言う分類でした。

とうぜんですが、全く違いました。
徳川家康が1603年に建てた京都のお城でした。


・・・・・・・・へえ・・・・・・・・・・。








そんな部長が見に行った感想。


徳川家が天皇家に嫁を出した、これはどや!凄いだろう!さあさあ、驚け、崇めろ、

徳川家に天皇が遊びに来たよ!どえらい時代や!他の武将に真似ができるか?さあさあひれ伏せ諸藩の大名どもよ!!

この2大イベントで徳川家の威光を世間に知らしめたプロデュースの舞台、
それが二条城なのか、そう思ったわけです。


展示のふすまは、キンキンキラキラ綺羅びやか、こりゃあ、ひれ伏すわけです。


そして。
不意に疑問に思ったのです。

徳川本家本元の江戸城にはこの遙か上を行く素晴らしい建具や宝物で満ち溢れていたはず。


どこへ消えたのか・・・・・・。




江戸城は今は皇居になっていて、建物は残っていません。
取り壊したさい、全ては破棄されたと??


東京に江戸の文化は数多く残っているのに、
江戸城と徳川家の遺品はきれいさっぱり、消えました。
家康の銅像も見当たりません。(が、さっきググったら江戸博物館の裏手に1体あるとのこと)


戦国ファンとして、あのとんでもない全国各地の癖だらけの戦国大名たちを束ねた家康は、やっぱりとんでもなく凄いと思うのですが、東京には武将祭がないのです。

各地で土地に縁のある武将祭が開催される中、何故東京に祭がないのか。

大名だらけだった土地なのに・・・。

東京で、武将祭を!
暴れん坊副将軍・政宗だって人生の後半、仙台と半分を東京で過ごしていたんだから
あっていいと思うのです。


なぜこうも東京は家康をフューチャーしないのか、不思議です。



そんな事を一緒に行った友人と喋りながら頼んだあんこコーヒー。
珈琲に、砂糖の代わりにあんこをぶちまけて甘くしてね、と言う妙なメニューなり。
あんこコーヒー

別にうまくはない。




初スカイツリー。おっきい・・・。
RIMG7604.jpg
江戸の歴史
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