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松本尋常小学校編集に政宗の様子が描かれていたのでご紹介。


***以下意訳***

2代松本藩主松平康長がある日政宗を招待すべく、贅を尽くした料理やら猿楽役者などを招いて用意万端。

今か今かと政宗を待っていたが何時まで経っても政宗は来ない。

そこへ政宗の使者がやってきて、
「殿は今日腹痛なんで来ないっすよ」という。

本来政宗という人物は我儘であり、ドタキャンによく使う嘘と見ぬいた康長が
「それは大変、見舞いに行こう」
と、強引に政宗の屋敷に入り込むと

生来我儘なる陸奥守は大いに狼狽し(ここだけ原文ママ)

早速腹痛は治ったようなんで、すぐに行くねと返事があった。



この夜は大いに盛り上がり、お客をもてなした康長は大人物である。
これに懲りた政宗は、このあと決して彼に対しては嘘をつかなくなったとさ、ちゃんちゃん。

**************


という、明治時代の教科書に載った訓話です。

そうね。
だいたいあってるよね。


短い文章の中に「元来我儘の性質にて」と、2回出てきます。
この頃から大事なことは2回言うんですね。



政宗よ・・・。



さて、ウイキによれば、政宗と康長は大変仲がよかったと書いてます。
(「必ずあぐらにて打ちくつろぎ、腹蔵なくお話相手仕り候」)
腹を割って話せる間柄ってことかしら。

政宗VS康長
分かる人だけわかってください。

この話では、どっちも洒落た余裕が感じられますが、
晩年の政宗の我儘ぶりは、どこまで愛されていたのか、本当に憎まれていたんか。
ま、誰にもわからないことではあります。

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政宗の歴史

踊る武将

2013/05/24 Fri 01:35

武将の衣装2



先日作った甲冑を実際に着てもらいました。
散らかっているのはまあ、気にしないように・・・。

武将のスタイルでダンスパフォーマンスもする予定なんだそうです。


そのための軽量プラスチック甲冑だったようです。





踊る武将。

馴染みがあり過ぎます。



さてさて、
実際は写真で見るよりもはるかにカッコイイよ!
自画自賛だけど、自分で作っていた時より、着てもらったらずっといい出来だったのには驚いた!

が、刀振ったりしたら弱点も結構出たので、色々直して可動領域を広げないと、です!
甲冑

遠藤さんのお家??

2013/05/23 Thu 02:26


http://www.kahoku.co.jp/news/2013/05/20130522t55010.htm

延徳寺遺跡 政宗の父側近居宅か 家紋入り漆器発見 米沢

の、ニュースです。


タイトルが遠回りすぎです。
なぜ、すぱっと「遠藤基信」と、書かぬのか!


遠藤さん、好きですね~。
なにが?と言われても、自分の中の遠藤さんが好きなのでとしか答えようがないんですが、好きです。

IMG_022.jpg


細面、毛深い。背もあんまり高くない。年中青筋立てている(主に小十郎に対して)。
身分は低いが誰にも遠慮がない。
政宗に対しても引いて見ていたような印象があります。

そんなイメージな遠藤基信ですが、
陸奥国信夫郡(現在の福島市)八丁目城下西光寺の住職の子である、と、ウイキにはあります。

ここです。
西光寺
脇に水路があっていい雰囲気です。
西光寺1


外交手腕に優れた人だったようで、彼のお陰で伊達家は中央政権からも「大名」と、足利政権なきあともそうみなされていたのかもしれないです。

小十郎をスカウトしたのも、基信だという説が一般的です。


上のニュースは、そんな基信の家発見かもしれないというのです。

しかし米沢城と今回発掘調査された延徳寺は約3,3km離れています。
城内にもお屋敷はあったと思うので、本宅だったのでしょうか。

いや?
基信の城・小松城はそれよりずっと北の川西町ではなかったか??

城と屋敷は別だからいいのか??

転々と引っ越してたから複数遺跡があるのか?


いずれにせよ、輝宗が死んだ時に追い腹しているのでその後、秀吉政権となった伊達家を見ていない人です。

米沢、及びその周辺が彼の活躍の場です。

米沢、上杉にまけるな!
部長は米沢イコール伊達です!


伊達家の歴史

素材

2013/05/18 Sat 23:56

マニュアルもなく、作りたい形が決まっていて、それを再現するには
制作よりも材料を揃えるのにはるかに時間がかかります。


使えそうな材料を買い、試しては、ボツにし。


ほしいものに突き当たるまで
万札がバンバン消えていきます。

ふう・・・・
甲冑

ドリフターズと進撃の巨人

2013/05/06 Mon 01:09

面白いです。

アニメ「進撃の巨人」
漫画「ドリフターズ」


ジョジョの奇妙な冒険が終わってしまったので、たぎる番組がなくなったと嘆いていた所に第1話でびっくらこいた、


「進撃の巨人」

です。


獲物を屠るイエ~ガ~♪です



うおおおお!!!!
今週は主人公食われました。


巨人たちはなんて歯並びがいいんでしょう。






そして漫画では「ドリフターズ」です。
ドリフターズ

異世界トリップものですが、戦国武将やらジャンヌ・ダルクやら世界の有名人が吹き飛ばされた世界で活躍する戦闘ファンタジーです。

これもアニメにならないかなあ。


そしてこの物語に伊達成実が登場しても違和感ないと思うんだが、いかがでしょうか。
島津豊久のように、脇役系の武将がいいと思うの!

妖怪うまい棒置いてけ

あれ、でも死んでることになってる人物しかでないなら、ジジイで登場か!?

それもまたよし!


以上、濃い目の2作品ご紹介でした。
未分類

骨が語る

2013/05/01 Wed 18:14

遺骨の話の流れで、
骨に関する書物を3冊ご紹介です。

まずはこれ。
骨が語る日本史
骨が語る日本史 学生社

ネアンデルタールから19世紀までの遺骨から見えてくる話。

まず、頭蓋骨の傷から見えてくるのが、脳を取り出して食べたであろうという話。
宗教的儀式や迷信、当時の医薬品として脳にかぎらず、人肉は使用されていたようで、禁止しても続いていたそうです。

うーぬ。

戦国期にも脳を取り出したと思われる頭蓋が発見されているとあります。

政宗の遺骨にも触れられています。
さすがに脳を摘出した傷跡はないようです。


次にこれ。
骨は語る徳川将軍大名家の人々
骨は語る 徳川将軍・大名家の人びと 東京大学出版

上記と同じ作者、鈴木尚です。


こちらは徳川家のお墓を調査した時の様子が記載されています。

一番古いのが徳川秀忠の遺骨。
潰れてぺしゃんこになって発見されたそうです。
なぜ潰れたのか。
棺桶の上に小石がみっちり乗せられていたようで、その重みで提灯をたたんだような形で発掘されたそうです。
棺桶に小石を載せるというのは他に例がないらしく、しかも棺桶も「粗末」なものだったとあります。

なぜだ。

何か恨みでも買っていたのでしょうか。

徳川が続くとは思わない当時の人による嫌がらせでしょうか。


こんな話を読みました。
信長の所持していたたくさんの刀はその後秀吉が所持し、さらには家康、秀忠へと移ります。
ここまでは記録があるのですが、秀忠以降記録も途絶え、現物もなくなっています。

彼の死後、周りの家臣や大名がこっそり持ち去ったのかもしれないです。

2代将軍とはいえ、いつ徳川政権が終わるのか、周りはワクワクしていたと思うし。
なんだか哀れです。


時代が下るとドンドン細長い顔になり、髪の毛もついた遺骨の写真を見ると文字でしか知らなかった人物が、本当に生きていたのか、と、物凄く実感出来ます。


ここにも政宗の話があります。
同じ作者ゆえ、内容は同じです。すでにあちこちで記載されている遺骨の話です。



最後にこれ。
骨が語る奥州戦国九戸落城
骨が語る奥州戦国九戸落城 東北大学出版会


秀吉の奥州仕置に対する不満が一揆という形で東北のあちこちで起きた話と、九戸の戦いの舞台となった九戸城から出土した遺骨の話。


なんと申しましょうか、骨の傷が多すぎで、どうもメッタ斬りされていたというのです。
武装していない人物を執拗なまで、ズタズタに切り裂いて殺されたようです。

なぜそこまでするのか。

逆ならわかります。
秀吉の軍勢を恨みからめった刺しにする。

でも籠城した人々をめった刺しにする。
背後には秀吉に逆らうと自分がやばいという圧力があったといいます。


撫で斬りという言葉がリアルに情景として浮かんできます。



骨の話よりも、秀吉の態度がおかしいという記述が繰り返し出てくる1冊です。
間に家康、利家、浅野などが入っていても全ては秀吉の一声で決まり、周りは誰も逆らえない異常な事態だと。


合戦で多数の犠牲者が出たが、主人公は己の器量で危機を脱した、と、物語ではそれだけですが、
物的証拠を見せられると戦はいかんと思うのです。


戦国ロマンスとは真逆の殺戮もきちんと踏まえるには良い本です。
歴史
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