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伊達家に関する勉強会「だて部」
いろんな人の話を聞いて、自分の意見も交わしながら一人では見えてこなかった歴史をみんなで学ぶ「だて部」です。

今回は仙台市博物館・資料編纂室室長 菅野正道さんを交えてのとても贅沢な勉強会となりました。


おおまかな話の内容としては、5月に仙台市で行われた「伊達政宗フォーラム」の、
「政宗を読み直す」を核に、広範囲にわたっていろんな質問や、そこから派生する話であっという間の3時間でした!

前回の話と重複しながら、参加者同士の質問も交えるので色んな所に飛び火しながら、
結果として今一般的に語られる政宗像ではない別の姿や、もっと大きな枠として伊達家・当時の様子を捉える下地がどんどん見えてきました。


内容の詳細はホームページを作成し、掲載する予定です。
片手間に作れることでもないので、なかなか完成できずにいますが・・・。


歴史を学ぶにあたって、古文書ばかりを追っていたのでは今の歴史観から脱却した新しい発見は難しく、もっと逸脱した変なことを考える力、映像や空間として捉える力、あとは「センス」が必要なのだと、の話も。
うぬぬ~~~!!!しみじみ。


部長からは、
政宗が初めて京都に上洛する際に黄金の磔台を持っていたのか否か。ということ。

黄金の磔


本当だとすれば、他家の文書に記述がてんこ盛りになるだろうが、そうではない。
利休が当日政宗を迎えに行っている。
その後、京都では政宗ブームが起こっている。なぜか。派手なパフォーマンスが実際あったから?

といった事から、
つくり話臭いが、もしかしたら本当かもしれないし、という質問に対しての菅野さんの意見は


磔台の件はあまりあてにならない文書の記述。
利休は政宗を迎えに行ったわけではなく、政宗見物に行った。
京都でいろんな人々が政宗に会いたいと思ったのは、奥州からのみごとな貢物(馬、鷹など)は皆が知るところであり、
京都にとっては馴染みが薄い土地(田舎者という下卑な気持ちはない)からの大大名が来るということで敬意を表して歓迎した。

たとえ話として出たのが「イギリスがインドの王様を招いたような」。
「政宗は象にはまたがっていないけどね」。


奥州の馬は当時も江戸時代も超一流ブランドであったという。
「忠家日記」の記事参照



京都の文化は伊達家ではかなり以前(少なくとも室町時代にはすでに)から取り入れていて、決して成り上がり大名ではない。
政宗が能や連歌、漢詩をこなしているのは伊達家の蓄積された風土による。
政宗の歌が突出して素晴らしいというわけではないが、全てをこなせる点に注目すべきで、
とくに漢詩を作れる大名は非常に少なく、その点で言えばマルチな才能を持っている優れた大名であった。


だて部の話のごく一部です。
濃いです。


途中、これまた部長からのお遊びで、
「政宗が台所に立って料理をしている絵を描きなさい」というお題を出して皆に描いてもらいました。


部長はあらかじめ答えを探して、川崎の民家園で台所を見物したり、瑞巌寺の庫裏(仙台城の二の丸と同じ構造だという台所)を思い出そうとしたがまるで思い出せず、映画「武士の献立」を見たりしていたのですが、出題者が見事に間違いました。


間違いを探せ!
奥州にかまどはない
あ、「描く」なのに・・・。



その大きな間違いは、
「奥州の台所にはかまどはなく、囲炉裏で料理を作っていた」ことです。
なんということでしょう!!!
大きな屋敷にかまどはあったにせよ、メインは囲炉裏だということです。

歴史を理解している方の絵は、もうね、ディティールが正確です!
囲炉裏です。

その辺りは次回に・・・。


第3回もやります!
時期、場所に関してはこれからの調整ですが、こうしてブログで書いていることの10倍、100倍面白いその場のノリです。是非参加して「だて部」を体感してみてくださいませ。
歴史を学ぶことは一人では難しいと、改めて「体感」しました。

歴史を学べる講演会は数あれど、直に質問し合いながら会話も楽しみつつ勉強できるのがだて部です。



今回参加者の皆様にはお足を運んでいただき、貴重なお話など聞かせていただき本当にありがとうございます。

また、快く参加していただいた菅野さんにはこの場を借りて、改めて感謝しかありません。
ありがとうございます!

だて部

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